それからしばらく着信はなかった。
返信。送信。返信。着信は客から。電話を切って送信。送信。返信。返信。メールの最初には必ず相手の名前をつける。間違ったことは一度もない。
着信。
「わたしメリー、いま、東通りにいるの」
「そっか。じゃあその通りをまっすぐいけば風林会館だね。喫茶店の奥の席にいるよ。迷うことはないと思うけど、道がわからなくなったらすぐに電話して。すぐに迎えにいくから、お姫様」
電話は切れた。
しばらく、着信はなかった。営業メールも一通り落ち着いた。
着信。
「わたしメリー、いま、あなたの後ろにいるの」
首元に冷たい感触があり、血のような赤い爪の青白い手が零の首に回される。
零はスマホをおろすと、その手を優しく手に取った。
「ようやくあえた。待ち遠しかったよ。今日もすごく綺麗だね、メリーさん」
ひやりとした手にそっとくちづけをしてから、ゆっくりと振り返る。そして満面の笑みを浮かべた。
「さあ、行こうか……」
6
「……なんて話があってね」
「やだー、なにそれー、こわーい」
キャーキャーとはしゃぐ派手目の女客に、新米ホストが声を潜める。
「まあ、俺らに伝わる伝説っていうか」
軽薄な印象のホストは巧みな話術で客を引きつけ、話を聞き、様々なゴシップを提供する。
今回の話のネタは、伝説のホストだった。
「ほら、都市伝説にあるだろ? 口裂け女とか、トイレの花子さんとか。そういうのをさ、片っ端から口説いて、成仏させたカリスマがいたらしいんだよね」