小説

『伝説のホスト』植木天洋(『口裂け女』『カシマレイコ』『トイレの花子さん』『壁女』『メリーさんの電話』)

 なれた手つきで画面に目を落とすこともなくフリックする。文字の位置は指が覚えている。呼吸するようにメールを打っていくので、送信までの時間はそうかからない。
 また着信がある。電話にでると、さっきと同じ女の声。
「わたしメリー。いま、コマ劇前にいるの」
「そうなんだ。ナンパが多いから、気をつけて来てね。困ったことが起きたら連絡して。すぐに助けにいくよ」
 通話が切れてから、営業メールを再開する。犬の具合が悪くてお店にいけないと連絡のあった太客にお見舞いメールを送って、誕生日の女にハッピーバースディ甘い言葉にセルフィーを添えて送って、残業で行けないと悲しむ女には激励と慰めの言葉を送る。
 そのうちに着信がある。
「わたしメリー、いま、中央通りにいるの」
「あれ、そのまま花道通りに出ればいいのに。君が来るのが待ち遠しいよ」
 最後の言葉を待たずに、電話は切れた。
 営業メールを再開。返信。送信。返信。
 メールの送受信を繰り返す。飽きることはない。大切なコミュニケーションだし、利益になることに労力は惜しまない。
 また着信。
「わたしメリー、いま、ドンキホーテにいるの」
「ああ、そうだったのか。お姫様は何を買ったのかな?」
「秘密……」
「可愛いんだね。そういうところ、好きだよゆっくりおいでね」
 電話が切れた。
 送信。返信。
 着信。
「わたしメリー、いま、靖国通りにいるの」
「ふふ、遠回りしたんだね。僕をじらすつもりかな? だったら成功だよ。早くあいたいな。酔った人が多いから、気をつけてね」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14