小説

『伝説のホスト』植木天洋(『口裂け女』『カシマレイコ』『トイレの花子さん』『壁女』『メリーさんの電話』)

「なんだか落ち着くね」
「そうね」
「いつからそこにいるの?」
「ずっと……」
「お気に入りなんだね。狭くて、温かくて、適度に暗くて」
 零は壁に寄りかかったまま、気持ち良さそうに目を閉じる。
「うん、すごく落ち着くいいところだ」
 隙間から、白い手がするりと出てきた。零を手招くような仕草をするので、零はその手をそっととった。それから、指を優しく撫でる。
「やっと出てきてくれた。嬉しいな」
「ここから出られないの」
「そっか。でも、悪いところじゃないよ、ここも」
「じゃあ、あなたもくればいい」
 手が零の手をガッシリと掴んで、強く引っ張った。まるで壁の隙間に引き込もうとするような強い力だった。
「おっと、そんなに焦らないで。まずは、楽しくお話しましょうよ」
 零はぐいと手を引っ張り返した。
「いや……」
「そう? 僕は貴女のことをもっと知りたいな」
 女の指が震える。
「ほら、もう少しこっちにおいでよ。君のことをもっとよく見たいんだ」
 零は女の手に指を絡める。女はいやいやをするように手を引き込めようとするが、先程のような力強さはない。
「ねえ、そんなにじらさないで……。僕、我慢できなくなっちゃうよ」
 零が甘えた声で囁くと、白い手が零の手からするりと抜けた。
「もういい……」

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