「ええ、まあ」
「じゃあ、その方の紹介でこちらに?あ、もしかして待ち合わせを?」
「――今日は、彼の月命日なの」
正確には命日ではなく、彼が亡くなったのを清子が知った日、だが。
青年がはっと息を呑み、悄気た様子で俯く。そうなるだろうとわかって言った台詞だっただけに、清子の胸がちくりと痛む。
「……ごめんなさい、僕」
「いいのよ、気にしないで。そういう時代だったの」
赤みを帯びた薄い紙切れ一枚で家中の男が連れ去られ、海の向こうで命を散らし、小さな箱に詰められて帰ってくる――帰ってくればまだましな方、そういう時代だった。何時、何処で、どうして亡くなったのか、例え血を分けた家族であっても知ることは難しかった。
だから清子は、彼の最期を知らない。
青年は少し躊躇う素振りを見せてから、おずおずと口を開いた。
「失礼だったらすみません。その人、貴女の恋人だった?」
思いがけない問いに、清子は思わず笑ってしまった。そんな風に不意打ちで笑顔になったのは、ずいぶん久しぶりのような気がした。
「どうして笑うんです」
「だってあなた、こんなお婆ちゃんに」
「でも、貴女だって昔からお婆ちゃんだったわけじゃないでしょ。きっと美人だったと思うし」
唇を尖らせる青年に、男の子の孫がいたらこんな感じだろうかと清子は想像する。
「口がうまいのねえ。残念だけど、恋人じゃないわ」
「ええ」
青年は不服げに首を傾げると、おもむろにすっと身を屈めて清子を覗き込んだ。
紺碧がかった深い色の瞳が、じっと清子を見据える。
「――ほんとうに?」
問い返す声は先程までと打って変わって、低く落ち着いた響きで清子に忍び寄る。