小説

『Obligat』木江恭(『安珍・清姫伝説』)

「そう……」
 青年が得意げに説明する通り、この仏教寺院には、ドイツ製のパイプオルガンが備え付けられているのだ。そして月に一回、最終金曜日の昼に、オルガンのコンサートが開かれている。
清子はそれを、先週ここを通りかかった時に偶然知った。そして今日が、まさにその金曜日だった。
「さ、どうぞ座って」
 青年は清子に椅子を勧めながら、本尊に向けて並べられていたパイプ椅子の一つを手に取り、向きをくるりと逆にした。
「あなた、それ」
「だって、この方がオルガンがよく見えるでしょ。そうしたいのかなって思ったんですけど、違う?」
 青年は無邪気な仕草で小首を傾げる。清子は言葉に詰まり、結局その椅子に座った。青年は清子のすぐ横に立って、にこにこと笑っている。
「オルガン、気に入ってもらえてとても嬉しいです。お好きなんですか?」
「別に、好きってわけじゃ――知人と昔、弾いたことがあるの。ずっと昔、古い足踏みオルガンをね。小さくて、空気がふうふう漏れるような、おんぼろの――それだけよ」
「へえ」
 我ながら愛想のない言い方だと清子は思ったが、青年はそうは受け取らなかったらしい。隣の椅子に、背もたれを抱え込むようにして座り、清子に笑いかけた。
「オルガンの音って、可愛いと思いません?ちょっと息が抜けてるところとか」
 ――何だか可愛らしい音ですね。少し息の抜けているところに、愛嬌がある。
 清子は思わず、まじまじと青年の顔を眺めた。
「ええと、僕、何か変なこと言いましたか?」
「ああ、いいえ、そうじゃないの」
 清子は慌てて目を逸らした。
「前に、同じようなことを言った人がいたから、少し驚いて」
「へえ。もしかして、オルガンの好きな知人の方?」

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