小説

『Obligat』木江恭(『安珍・清姫伝説』)

「あ、僕、ここのボランティアというか、お手伝いをしていて、今日のコンサートの誘導係なんです。それで、もしかしてと思って、でも却ってご迷惑を」
「――いえ、大丈夫よ、ありがとう」
 清子が杖を受け取ると、青年はほっと顔を緩めた。
「お寺の本堂がコンサート会場だなんて、素敵でしょう?あ、でも、始まるまで少し時間があるので、どうぞ掛けてお待ちになってください」
 笑顔で促されてしまっては、やっぱり帰るとは言い辛い。清子は腕時計をカーディガンの内側に押し込んで、青年に微笑んで見せた。
「そうね、そうさせてもらおうかしら――」
 そして、視界に映ったそれに、息を呑んだ。
「じゃあ、こちらに……?」
 黙り込んだ清子に、青年は怪訝そうに語尾を彷徨わせたが、すぐにああ、と明るい声を上げた。まるで我がことのように自慢げに。
「素敵なパイプオルガンでしょう?」
 清子が呆然と見上げる先で、数え切れないほどの銀色のパイプが行儀よく背比べしている――長いものから短いものまで、その先端がちょうどアルファベットのダブリューの文字を描くように整然と。電灯の光を受けたその表面には、鈍く輝く虹の帯が斜めに走っている。
 正面の本尊のちょうど真向かい、たった今潜ってきた入口のすぐ真上に設置されたパイプ群は、まるで己がこの空間の主役であるかのように、圧倒的な存在感を放っていた。
「ちなみに、鍵盤はこっちです」
 青年の声と手の動きを追って清子が視線を下ろすと、そこには赤茶色の可愛らしいオルガンが据えられていた。例えば小学校の音楽室にでもありそうな、ごく平凡で質素な姿。
 清子の胸がぎゅうと痛んだ。
 懐かしい。色も形も全然違うとわかっているのに、それでも。
「長いパイプは三メートル、短いものは一センチ。大小あわせてパイプの数は二千本もあるんです――なんて、ちょっと想像つかないですよね。そうそう、デザインも、このお寺のために独自に考案されたものなんですよ」

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