「ええ。そもそもいわゆる西洋音楽と雅楽では音楽理論や音階の成り立ちからして全く異なったものでして例えば」
そこまで一息に言い切ったところで、壁沿いの事務室から眼鏡の女性が顔を覗かせた。
「高橋さん、ちょっと」
「ああ、はいはい。すみません、私はこれで」
「え、ええ」
せかせかと去っていく男性の背中を見送ってから、清子は入口の方を振り返った。
――言ったでしょう、貴女のために選んだんだって。
忘れたなんて強がらないで。貴女を支える、大切な副旋律(オブリガート)なんだから。
二千本のパイプが、得意げに輝いていた。
本堂の外に出ると、線香の香りが急速に風に吹き飛ばされていくのを感じた。
清子は腕時計に目を遣った。もうすぐ十三時。急いで帰れば十四時には家に着く。昭仁はきっと待ちくたびれているだろう。
清子は微笑み、地下鉄の駅に向かって歩き出した。