文はそこで終わっていた。唖然と、帝は双子倚子を見る。女たちは、変らず帝に誘惑の眼差しを送っていた。倚子を形作り彼女たちは、たしかに定子に似ている。似てはいるが、定子はこんな眼差しをついと見せてことはなかった。
彼女は、帝を見守るような、慈しむような眼差しをいつも投げかけてくれたのだ。
帝は倚子を見つめたまま、笑っていた。
笑いながら、彰子のことを思い出した。新たな我が子を身篭ってくれたかけがえのない女性。彰子が道長の政治の道具として中宮に取り立てられたことは事実だ。
だが、帝は彰子の笑みが好きだった。幼い面差しを残しながらも、大人びたその笑みに不思議と安らぎを感じるのだ。
あの笑みに出会いたい。
帝は使いを呼び、彰子の実家である土御門殿に赴く旨を伝えた。彰子のことを思いながら、帝はあることを思い出す。
彰子の女房たちは才に秀でた者たちが数多くいるという。雅だった定子の後宮に対抗するため、道長が才覚のある女性ばかりを彰子の女房に取り立てているのだとか。
その中に、一風変わった物語を書いている者がいたはずだ。漢文に通じ、輝かんばかりに美しい皇子の物語を紡ぎ出している才媛だという。
その女房の呼び名を思い出すことが出来ず、帝は思い悩む。女房が書いている物語の題名は分かるのに、何とも妙なことである。
ただ、帝は思ってしまうのだ。この文をしたためたのは、その女房に違いないと。彼女が書いている物語を帝は読んだことがない。だが、貴族たちの評判を耳にし、
題名だけは知っている。
その女房が書く物語を、貴族たちは源氏物語と呼んでいた。