小説

『双子倚子』ナマケモノ(江戸川乱歩『人間椅子』)

 帝よ、このような失礼な物を贈りますことを、心よりお詫び申し上げます。けれども、これは亡き皇后定子さまの意志なのです。自分が死に、帝に一大事があったときにこの倚子を贈れと定子さまは私に遺言を残されました。
この倚子には、定子さまの魂が宿っております。正確に言うと、定子さまがお産みになった双子の姫君がこの倚子になったのです。
 あぁ、思い出しても恐ろしい。あの、晴明が、あの狐の化身めが仕出かした非常な行いを私は今でも忘れることができません。あぁ、語ることさえ悍ましい……。
 ですが、私は帝に告白せねばなりません。
 それが定子さまの意志なのです。定子さまの願いなのです。
 定子さまが身罷られてすぐ、定子さまの使いだという者が密かに私のもとを訪ねました。その者は、黒い法衣と頭巾を頭からすっぽりと纏った奇妙な風体の男でした。
 男は一通の文を私に託し、陰陽寮の晴明のもとへ行くよう私に言ったのです。晴明のもとに着くまで、文を読むなと言い残し、男は去って行きました。なんと奇妙な出来事でしょうか。私は、秘かに牛車を用意し陰陽寮ではなく、晴明の屋敷へと向かったのです。
 私が来ることが予め分かっていたのでしょう。皺のよった眼に微笑を湛え、晴明は私を快く迎えてくれました。あれは、そう言う男なのです。先のことを人より見通すことが出来る、不思議な男なのです。
 晴明は私に言いました。まだ文を開けてはいけません。その前に、お見せしたいものがありますと。
 晴明の指示に従い、私どもは安達ケ原へと赴きました。そう、鬼が出るというあの安達ケ原です。鬱蒼と生い茂る草原に、葬られた骸が散乱するあの黄泉の入口に晴明は私どもを誘ったのです。
 晴明は、安達ケ原にぽつりと建つ荒屋に、私を連れて行きました。その荒屋の中を見て、私は眼を剥きました。
 定子さまがいらっしゃったのです。正確には、定子さまに瓜二つな、幼い姫君が二人おりました。彼女たちは粗末な着物を纏い、地面が剥き出しになった荒屋の床に筵を引いてお座りになっておられました。
 身なりは卑しくても、そのお顔立ちは気品に溢れ、否応なしに高貴な身の上とわかります。
 彼女たちは言ったのです。自分の父は帝その人であると。けれど、母である定子さまはその事実を隠し、粗末な荒屋で自分たちを養ってきたのだと。
 皇女たる身の上の方々が、なぜ母たる定子さまからこのような扱いを受けているのか、私には理解できませんでした。そんな私に彼女たちは言ったのです。自分たちは、世に存在しないことになっている、産まれながらに死んだ姫君たちだと。

1 2 3 4 5 6 7 8