小説

『ジャックと〈ジャック〉と竹とタケコ』大前粟生(『ジャックと豆の木』『竹取物語』)

 これを聞いて、家のものたちは笑った。
「笑わないで! 本当のことなの」
「きっとなにか、演劇か小説にでもはまっているのでしょう」夫が家の者たちにこっそりといった。「まぁ、付き合ってやりましょう」
「私には、月の都の人である両親がいるの。いつの間にか、この国で長いあいだ生きてきた。もう、本当の両親のことも忘れてしまった。月に帰るからといって、うれしい気持ちはないわ。月にいったら、もう月を見れないもの。悲しいばかりよ。でも、帰らなきゃ。そう、決められているから」
 家の者たちは、女のあまりの泣きっぷりにうろたえた。もしかしたら演技ではないのかもしれない、女がいっていることがそっくり本当だとはとても思えないけれど、なにかの暗喩かもしれない、だれかが女を誘拐しにくるのかもしれないと家の者たちで話し合った。
 夫は念のために月から迎えがくる予定の夜は女を家のなかに閉じ込めて、家の敷地を屈強なガードマンや警備会社の者たちに見張らせた。
「これだけ厳重な警備なんだ、もし本当に宇宙人がやってきても、負けないさ」
これを聞いた女がいった。
「私を閉じ込めても無駄よ。月の人にはなにも通じないんだから」
 女の父親はそれを聞いて笑った。
「おまえを誘拐しにくるそいつを殴って、蹴って、爪で目を掴み潰してやろう。そいつの髪の毛をかきむしって落としてやろう。そいつのケツの皮をひん剥いてやろう。うっかり力を入れ過ぎて皮をぜんぶ剥いで人体模型にしてやろう」
「おじいさん、月の人たちは私のように華やかで美しくて、おじいさんとちがって老いさえしない。思い悩むこともない。ああ、思い悩むこともない。私は月へもどりたくはない。もどってしまえば、みんな私みたいだから私は相対的に、美しいということにはならない。いつまでもこの国にいて、醜くて貧しい人たちと自分を比べていたい。けれどその優越感と彼らを憐れむ心は矛盾しない。彼らが美しく、お金持ちになって暮らしが豊かになればいいと思う。ああ、月にいったらすべての感情が消えてしまう。天の羽衣というものがあってね、それを着たら感情がなくなるの、おじいさんのことも忘れるの。おじいさん、どうか私のことを忘れないでね」

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