小説

『ジャックと〈ジャック〉と竹とタケコ』大前粟生(『ジャックと豆の木』『竹取物語』)

〈怪我〉〈ない〉〈です〉
「パパ、この人こわい」
「こら、すいません、はは、外国の人に慣れてなくて」
〈慣れていません〉
「あの、どちらから?」
 月の人は再び、ジャックたちにはわからない言葉を発したあと、頭上を見上げた。
「つき?」ジャックがいった。「つきからきたの?」
 月の人はなにもいわない。
「それとも、てんごく?」
〈てんごく?〉
「あぁ、あの世って意味です。ヘブン、ヘブン。死んだ人がいくところです」
〈てんごく〉〈いく〉
「え?」
〈てんごく〉〈いく〉〈てんごく〉〈いく〉〈てんごく〉〈いく〉
 突然、ジャックの父親が胸を押さえて地面に倒れた。
「パパ!」
 ジャックは父親の体を揺すった。「パパ!」
〈大丈夫〉
 月の人の手がジャックの頭に触れようとしたけど、ジャックはこわくなって逃げ出した。しばらくして、ジャックの母親がきたときにはもう、月の人はいなかった。月の人はその頃、他のみんなからはずいぶん遅れてタケコの家に着いていた。タケコの家の者や警備にあたっていた者は月の人たちの美しさにひれ伏していた。でも、タケコの父親だけは鬼の形相で月の人をたち睨んでいた。ちょうど、タケコが天の羽衣を身に着けたところだ。
〈この薬を呑みなさい〉月の人がタケコに、その他大勢の人間にも聞こえる言葉でいった。〈地上のものは汚れていただろうから、浄化するのです〉
〈はい〉無表情のタケコがいった。
 と、そのとき、タケコの父親が苦し紛れに放った小石がタケコの着た天の羽衣を掠め、タケコは拍子に薬を落としてしまった。タケコはまた新しく与えられた薬を呑むと、月の人たちといっしょに〈雲〉に乗って、あっけなく月に帰っていった。月の人たちにとってはあっけない遠足だった。残された人びとはしばらく呆然とした。タケコの父親は声にならない叫び声を上げながら、地面に落ちた薬を掴んで、庭の芝や土ごと呑みこんだ。

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