小説

『ジャックと〈ジャック〉と竹とタケコ』大前粟生(『ジャックと豆の木』『竹取物語』)

「あれは抜け殻。魂はもう、天国の方に送ったから。この調理場は抜け殻を処理するところなの」
「天国?」
 ジャックの頭に、父親が死んだときのことがフラッシュバックした。「てんごく、いく。てんごく、いく。てんごく、いく」
「ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫かって?」ジャックは頭を押さえだした。
 調理場の向こうの方では、月の人が大きな肉切り包丁を研いでいる。
「あいつ、似てる。あのときのやつに」
 どす、どす、と、なにかを切る音が聞こえてくる。
「ねぇってば」
 一瞬、ジャックの顔を覗き込んだタケコの顔が、あのときの月の人の顔と重なった。ジャックはその場に倒れるようにして気を失った。
 目が覚めたときには、隣にタケコがいて、調理場にはまだ月の人がいた。
「やっと起きたわね」
「やっと?」光景が変わっていないので、ジャックには一瞬の暗転があっただけのように思えた。
「ここでは、時間がちがうのよ。あなたたちとは」
〈人間〉〈におい〉〈する〉〈生きている〉
 月の人がそういった。タケコは飛び出して月の人に説明した。もちろん、月の言葉で。
〈ちがう〉〈抜け殻〉〈まだ〉〈残っている〉〈におい〉〈生きていた〉〈人間〉
 月の人は納得したようで、切ったものを大きな鍋に放り込むと調理場を出ていった。
「ああやってね、煮るの。煮たときに出た湯気が、外に飛んでいって、宇宙と混じって、あなたたちの元になるの。リサイクルってやつ」
 月の人が金貨の入った袋をふたつ抱えてもどってきた。月の人は金貨を数えだした。
「あの人は、経理もしてるの。でも同時に鍋も見なきゃならない。意外と忙しいのよ」
「すごい金貨だ。あれがあれば、お母さんがよろこぶぞ」
《すごい金貨だ。あれがあれば、お母さんがよろこぶぞ》
「あれ、これって……」

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