小説

『ジャックと〈ジャック〉と竹とタケコ』大前粟生(『ジャックと豆の木』『竹取物語』)

 それから何年か経った。まだ若いジャックは父親が残したボロ車で個人タクシーを営んで母親を助けていた。
あるとき、ひとりの老人がジャックの車を止めた。
「どちらまで」ジャックは聞いた。
「月まで」
「はい?」
「月だよ」
「あの、お客さん」
「オッキーだ。わしはオッキー。もう、タケコの父親でもなんでもない。ただの竹取の翁だ。いや、翁ですらない。オッキーだ」オッキーは過ぎた年月と比べて途方もないほど老け込んでいた。「あの薬は不死の薬だった。でも、不老不死じゃない。ただ、死なないだけ。死なない人生になんの意味があるのか」ジャックにはわけがわからなかった。
 オッキーは背負った籠のなかからタケノコを取り出した。
「これと、車を交換してくれ。それで月にいくんだ」
「ご家族に連絡しましょうか?」
「もう、ばあさんもこの世におらん。タケコの夫も、タケコがいなくなったらそれっきりだ。家もなくなった。月のやつらが消えたら、金はぜんぶ砂になった」
「とりあえず、交番までいきましょう。料金はいいですから」
「月まで! ほら、タケノコ!」
「僕、タケノコだめなんです」
「わしのタケノコはな、魔法のタケノコなんだ。タケコだってそうだ。いったい、だれのおかげだと思っとる。だれのおかげで産まれたと。わしが魔法使いだからだ。結婚までさせてやって。それなのにあいつは」
「食べたら、口のなかが、いーってかゆくなって、だめなんです。僕の母さんも、だから、タケノコいりません」
 オッキーは籠のなかから竹を切るときに使う鉈を取り出して、ジャックの喉に突きつけた。
「交換だ」
 母親が待つ家に帰ったジャックは今日あったことを話した。
「盗難届とあと、脅迫?の被害届を出して、検問もしてもらったけど、だれもひっかからなかったって。今ごろバラされて売られてるよ、あの車」

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