ジャックの母親にも、父親にも身よりがなかった。ふたりだけで父親のお葬式を終えると、家にはいくらも金が残らなかった。お墓の前でジャックはいった。
「月からきた人がパパを連れていったんだ!」
ジャックの母親はジャックを抱きしめた。心に傷を負った幼い子どもが、現実から逃れるためにうそをついたのだと、ジャックの母親はやるせなかった。でも、ジャックはうそをいったわけではなかった。月からきた人がジャックの父親を連れていった。
ジャックの父親が死んだ夏の日、月は慌ただしかった。ひとりの女を、みんなで迎えにいくことになっていた。その女は前世の罪を償うために地球で育った。
その女は竹のなかに閉じ込められた。桃のなかに閉じ込めるよりは都合がよかった。竹林のなかは光がちらついて、風がざわついていて、静かで、他のところよりは夢のようだと錯覚させることができたから、月の人たちは竹のなかに女を入れた。赤ん坊として。
その竹林の近くには、竹を切って生計を立てていた老夫婦がいた。老夫婦は概ね合格だった。善人で、少しの野心があって、月の人たちの望みどおり、竹を切って赤ん坊を取り上げて、育てたし、竹の切口から沸いて出た金を赤ん坊を育てるために使った。
赤ん坊はふつうの人間よりもずいぶん早く、まるで早く月へと帰りたがっているかのように、竹が伸びる速さですくすくと育った。老夫婦は与えられた金で首都に引っ越した。ジャックの家とちがって金は有り余るほどあったから、使用人や家政婦を雇って、女の子にさまざまな習い事をさせた。こうなればしあわせだと老夫婦が願うとおりの子どもに育て上げて、少女に育て上げて、美しい女に育て上げた。
「あとは結婚するだけだ。結婚こそ女のしあわせだ」老夫婦は女にそういった。ふたりにとっては疑問を抱く余地のないことだった。
老夫婦は自分たちは金を持っていて身分が高いのだと、女を相応しい相手と結婚させようとしたけど、女は無理難題をふっかけてそれを断った。女は金や身分なんて望んではいなかった。
屋敷といえるほど大きな家から少し足を伸ばすと、自分よりもずいぶん醜くて、ジャックたちのように金を持たない人たちが大勢暮らしていて、女はその人たちに対してなにかできることはないだろうかと金や衣服や食べ物を与えた。ある者はよろこんだけど、ある者は「バカにすんな」と女を憎んだ。女は自分が金と美貌を持っていることこそが、憎まれる存在であるということこそが自分に課せられた罪なのだ、罪を償うべく私はもっと豪華絢爛になろうと、それまで何度も断っていた縁談を受けることにした。