小説

『BAR竜宮城からの贈り物』野月美海(『浦島太郎』)

「あ、時の流れがなんとかって設定ですか。そこ、こだわりますね。確かに酒飲んでるとあっという間に時間がすぎちゃいますけど」
「やっだぁ!本気にしてなかったのね?まずいわよー…」
 慌てたマリーに追いだされるようにしてBARを出て、回らない頭で考える。飲みすぎたな。そういえば由香と喧嘩したまま出てきたんだった。こそこそと帰るのは気まずいし、先に連絡しておくか。
のろのろとスマートフォンを取り出した翔太は、画面を見て動きを止めた。
「は?」
 着信23件、メール4件。由香。由香、由香、由香……。「いつ帰ってくるの?」「おーい(´・ω・`)」「何かあったの?それとも、まだ怒ってるの?」「なんでもいいので連絡ください」
なんだなんだ、こりゃ一体なんのホラーだよ。もしかすると、由香は俗にいうメンヘラってやつなのか?3時間前、12時間前、21時間前、1日前、2日前、3……?
 ハッとしてスマートフォンのカレンダーを確認すると、日付は翔太の認識する「今日」よりも7日進んでいる。心臓が早鐘を打つ。いや。設定ミスか故障か何かだろう。そう言い聞かせて、検索エンジンのトップページを訪れてみたが、ニュース記事の日付はやはりBARを訪れてから一週間が経っていることを示していた。おいおい、そんなことって……。

「いや、でも地味だな」
 混乱したものの、落ち着いて冷静に考えてみれば、フリーターの時間が一週間進んだからといってなんだというのだ。アルバイト先の店長の鬼の形相が浮かんだが、それでもまぁ、どやされるくらいのものだ。
――ただ、BARへ行ったきり一週間も戻らないとなれば、由香は色々な意味で心配しているだろう。
「とりあえず、帰るか」
 しかし、由香になんと説明したらよいのだろうか。「時の流れが違って……」なんて言い出したら、どうだろう。いよいよ愛想を尽かされそうだ。翔太は深い溜息を吐くと由香の待つ家へと向かった。

 
「……どちらさまですか?」

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