小説

『BAR竜宮城からの贈り物』野月美海(『浦島太郎』)

「まぁ、もうなんでもいいか」
 翔太はやぶれかぶれで箱を開けようとするが、蓋は思いのほか固く閉じられていて、渾身の力を込めたところでビクともしない。
「なんなんだよ~。絶対に開けろとか書いておいて!」
〈タイセツナ ヒトト イッショニ アケルベシ〉
「うわっ」
 蓋の上にふわりと文字が浮かんだ。大切な人?
「会えるわけがないだろ。愛想を尽かされて記憶から消えたんだぞ」
 急に知らない男がやって来て僕と一緒に箱を開けましょうって?正気の沙汰じゃない。もう、由香とは他人になってしまったのだ。
〈ホントウニ ソレデ イイノ ?〉
「……んなわけないよなぁ」

 
「じゃあ最後に、一つ質問ね」
 数えること12社目、ようやく最終面接まで漕ぎ付けた。三流大学を出て2年間、とくに目的も向上心もなくアルバイトで食いつないできただけの男だ。条件の良い仕事なんてなくて当たり前だろう。それでも24歳という若さに期待してくれる会社は、思ったよりは少なくなかった。就職難と騒がれている中でも、なんとかなりそうな兆しがあった。
「フリーターを続けてきたわけだけど、どうして急に正社員になろうと思ったの」
 来た。翔太は心の中で大きく深呼吸すると、覚悟を決めて、相手をまっすぐに見据えて言う。
「一緒に生きていきたいと思う人が出来たからです。その人を養っていけるだけの収入が必要だと思いました。だから、覚悟を決めました」
 とてつもなく情けなくて、恥ずかしくて、叫びだしたくなるような回答に思えた。だが、考え抜いた結果、下手に取り繕うよりも正直に話したほうが説得力があるだろうという結論に至ったのだ。自分という人間はこれほどまでに何も持っていない。自分は周囲の平凡な人間とは違うんだと思いたいところまで含めて、平凡なのだ。それを認めるには勇気が必要だった。

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