小説

『BAR竜宮城からの贈り物』野月美海(『浦島太郎』)

 社会人3年目といえば、普通に働いていれば経済的に見通しが立ってくる頃で、SNSはすっかり結婚報告ツールへと化していた。もともと結婚願望の強い由香が焦っているのはひしひしと感じていた。
結婚するなら相手は由香しかいないと思っている。自分の不甲斐なさ故に待たせているのは申し訳ないと思う。でも。僕らはまだ20代も前半だ。もう少し待てないものだろうか。もう少し、追い詰めたりせずにゆっくり支えてくれたっていいんじゃないか?
 翔太は舌打ちしたい気持ちを抑え、どうにか沈黙を保った。

 本音を言うと、翔太はこのまま社会のどこかへ収まってしまうことに漠然とした不安を抱いていた。20代前半で何がしたいのかも何が出来るのかも今一つ分からないうちにサラリーマンになり、結婚し、流れるように人生が進んでいくのが怖い。ありふれた幸せなんてものではなくて、いつかは大きな幸せが、地位や名声が欲しい。そのためには、今モラトリアムの延長が必要なのだ。絶対に。子供じみた考えだというのは自覚しているが、それでも。

 翔太がピリピリとした空気を纏いはじめると、初めのうちこそ慌てて謝ってきた由香だったが、最近は小さくため息をつくだけになった。

 訪れた沈黙を埋めるように、真昼の公園には似つかわしくない不穏な言葉が耳に飛び込んでくる。
「さっさと金出せコラァァ!それが出来ないなら土下座して謝れ、クソガキ!」
 由香が不安げな表情で翔太を見上げる。声のする方を見ると、数人の少年が輪になって一人の少年を取り囲んでいる。少年たちは皆制服に身を包んでいるが、顔立ちは幼い。嘆かわしいことに、荒ぶる中学生が小学生相手にかつあげをしているらしい。
 さて、助けに行くべきか、速やかに通報するべきか。近頃は中学生でも勝ち目のなさそうな不良というのがいるが、見たところ熊のような体格の少年も、マッチョも、凶悪な顔つきの少年も、心に深い闇を抱えていそうな少年もいない。こんな計算をして情けないかもしれないが、勝てる確証もない以上、由香を危ない目に合わせるわけにもいかないのだ。
「おい、警察呼ばれたくなきゃさっさと帰れ」

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