小説

『BAR竜宮城からの贈り物』野月美海(『浦島太郎』)

 ヒカルは由香に意味ありげなウィンクをすると、「じゃっ!」と言って歩き出す。それから振り返って付け足した。
「あ、そうだ。ご存知かと思いますが、竜宮城では普通の世界と時間の流れが違います。それからもう一つ……何だったかな?とにかくBAR竜宮城を訪れるのなら、くれぐれも気をつけてくださいね」

 
「いらっしゃーい!」
<BAR竜宮城>のドアを押すと現れたのは、なるほどイケメン――ではなく金髪のお姉さんだった。あれ?……まあいっか。
「ふふ、私がヒカルの兄よ~」
 心を見透かされたように言われ、ぎょっとして見ると、「なーんてね」と言って彼女は笑った。良く見ると顎にはうっすらと髭を剃った跡があるし、やたらと肩幅が広い。なにが「なーんてね」だ。なにが「けっこうイケメンです」だ。
「ヒカルを助けてくださったって方よね?彼女さんと一緒だったと聞いていたけど、今日はおひとり様なの?」
聞かれて、翔太は苦笑した。
「BARに行こうって誘ったら、泣かれちゃって。遊んでる場合なの?って。もう大ゲンカですよ」
「あらら。色々大変そうね。聞くわよ~!私はマリー。あなたは?」

 気が付けば、5時間も愚痴っていた。
「俺だって正社員になる気はあるんです。でもいい仕事がなっかなか見つからないんですよ。だって、この不況でしょう。それなのにさぁ……。終いには俺とどうこうって話じゃなくて、ただ結婚したいだけなの?とか思っちゃうんですよねぇ。ま、言いませんけど。てか言えませんけどね、ははっ」
 酒は魅惑的に美味く、マリーがうんうんと何も言わずに話をきいてくれるものだから、つい飲み過ぎてしまった。なるほどねぇ、と頷いたマリーも半分は船を漕いでいるようだ。傾いたグラスからウイスキーを纏った氷が零れ落ちる。
「はっ、やだぁ!あっ。ねーえ、もう閉店の時間みたい。ごめんねぇ。そう言えば、あなた時間は大丈夫なの?ヒカルから聞いてるわよね?」

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