小説

『BAR竜宮城からの贈り物』野月美海(『浦島太郎』)

「翔ちゃん!」
「……由香?」
「あれ、なんか……久しぶり?あれ?なになに?泣いてるの?」
 翔太はみっともないくらいに鼻水を垂らして泣いていた。そうだ、言わないと。
「あのさ、遅くなったけど、俺、正社員になったんだ。給料が良い訳じゃないし、とりわけかっこいい仕事ってわけでもない。それどころか、きついきついって散々脅されたし、実際きつい。お客さんにもかなり冷たくされるしさぁ、企画とか総務にはいい顔している受付の子も……おっと愚痴になっちまった。とにかく、これから由香を守って行ける。だから、さ……これ」
 由香は差し出されたものを、目をまん丸くして見ている。
「ごめん、給料三か月分貯まるまでは待てなかったけど」
「そういうのは、言わなくていいよ」
「ごめん」
「もう」
 由香は笑って左手を差し出し、その頬を涙が濡らした。
 随分、遠回りをした。翔太はようやく掴んだ幸せに、安堵の息をついた。

 
「ヒカルちゃん。本当にありがとうね」
 翔太が仕事に出た月曜日。胸がすくような快晴の空の下、由香とヒカルは木陰のベンチで並んでソフトクリームを舐める。
「まぁ、この作戦も含めて、僕から二人へのお礼ってことですから」
「お礼かぁ。わざといじめられていたのに?」
「なんのことでしょう」
「とぼけちゃって。あ、そうだ。後からになっちゃったけど、私の分のチケット渡しておくね。翔ちゃんのと内容が違うの、バレたら色々と面倒だしさ」

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