小説

『猫の記憶』柿沼雅美(『黒猫』)

 2012年1月、悠一が結婚した。
 麻美は、恵比寿にある結婚式場で真っ白いクロスの敷かれたテーブルの上に立てられた自分の名前を見ていた。伊勢エビの背がごろっと外れてグラタンが飛び出している。その他大勢の招待者の中に自分が混ざっていることがまだ信じられなかった。
 職場の部署ごとにテーブルがセッティングされているようで、同期の3人と先輩や上司が顔を並べていた。悠一は去年まで同じ職場の先輩だった。
 司会者が何か言うたびに、スクリーンに新郎新婦の思い出の写真が映されるたびに、全員が感嘆した。両親への感謝の手紙では、親族でもないのに何人もが微笑みながら涙をこぼしていた。
 一番素敵だったのは、逗子マリーナで撮られた写真で、透明な陽射しの下で、オープンカーに乗ったふたりが顔を寄せ合って満面の笑みで映っていたものだった。こんな楽しそうな表情見たことない、と招待者は口々に言っていた。
 見たことがある。と麻美は思った。
 その表情をいくらでも見たことがあるし、その海沿いをドライブしたこともあるし、海ではしゃいだこともあるし、同じ場所でほぼ同じ写真を悠一と撮ったこともあった。
 あれから2年も経っていないのに、なんで、新郎の悠一の隣にいる新婦が同僚の沙耶なんだろう、とぼんやりと思った。思いながら、フォークを突き立てて伊勢エビの首元のホワイトソースが美味しかった。
 一緒に色々と出掛けると、悠一は、○○したら結婚してくれる? とよく麻美に聞いた。車でずっと事故らなかったら、の時もあれば、先輩より仕事ができるようになったら、の時もあれば、麻美が結婚したいと思ったら、の時もあった。
 話の中で、悠一は、教育業界をやめて法律の試験を受けて離婚や家族問題に悩んでいる人の役に立ちたい、そして転職するつもりだと言った。麻美はがんばって、応援するから、と返事をした。なんら、間違えてなかったはずだった。
 悠一は、職場を辞め、試験を受けた。その頃から音信が途絶えるようになった。もともと2週間に1回くらいしか会えていなかったので、自然消滅になるんだ、とぼんやり考えた。仕事で忙しくしている時期だったせいもあるけれど、おかげで、それほど好きじゃなかったのかもしれない、と考えることもできた。

1 2 3 4 5 6