「ううむ」
「政ごとは時に非情なものでございます。他に方策なくば心を鬼にして敵を殲滅―――皆殺しにいたらしめ、後顧を絶つことが避けられぬ場合もございます」
「確かにそうだ」
「はたして、そのなかに親兄弟がいたとすれば、さしもの英昧も判断に毫ほどの迷いが生じることも」
「ないとはいえまい。うむ、この話はなかったことにしよう」
「さりとて、このまま帰せば斉で登用され、秦の脅威となりましょう。ひょっとしたら今回のことで我々を恨むかもしれませんし」
「よし、殺せ」
ひどい話もあったものだ。
かくして孟嘗君が滞在している屋敷は秦兵に包囲された。
「どうしよう」
孟嘗君は馮驩を見上げた。
自身の安全には殊のほか勘のいい食客たちは、とっくに逃げ散ってしまっている。影武者の中年男などは、
「実は、孟嘗君の正体はですね」
などとタレ込む始末。そう、女なのです。しかもまだ子供。信じがたいでしょう、そうでしょう。しかし影武者の私が言うのですから。なんでそれが英明と評判かって?実は下品なギャグで取り入った浮浪者が入れ知恵をしてまして。あいつ妙に小賢しいのですよ。ロリコンのくせに。
一方、孟嘗君は、
「馮驩。ごめんね、こんなことになって」
逃げ遅れた使用人と、昼寝から起きてきた馮驩だけが、孟嘗君の戦力なのだった。
「いや、そう謝られてもですナ」
「―――ごめん」
「なぜ謝られるか、わかりませんので」
「?」
「まあ、そのへんは帰ってから聞きましょう。というわけで、そろそろ斉に帰りましょうか」
ただ、その前に少々寄り道のお許しをば。ちと、会わねばならん人がおりますのでナ。