小説

『スキル』わろし(『史記 孟嘗君列伝』)

「もうよろしいので?まだまだレパートリーがありますが」
「み、見事お手並みですな」
 周囲は爆笑の渦だった。なんだこいつ、芸は芸でも大道芸か。おひねりでも投げてやろうか?
 馮驩は黙っていたが、近くまで飛んできたおひねりは、すまして袂に入れている。
「いやはや、本物そっくりですな」
「でなければ、物真似とはいえませぬ」
「さぞ修行されたのでしょう」
「左様、五代目江戸屋犬七の手ほどきを受けました」
 給仕の少女が注ぐ酒を受けつつ、馮驩はうそぶいた。
 食客たちは手をうち喜んだ。手前は太上老君を奉る道家でござる。それがしは墨子を師と仰ぐ者。小生は商鞅、申不害の流れを汲む法家。揃いも揃って高学歴、一目おきあう叡知もいいが、顔を揃えりゃ喧々囂々、意識は高いが肩もこる、たまには座興もよかろうて。けど、江戸屋ナントカは少し調子にのってねーか?
 さすがに『孟嘗君』は落ち着きを取りもどして、
「いや、感服いたしました」
「それはどうも」
「他にもなにか、お持ちですかな」
「泥棒を少々」
「ど、どろ?」
 大きく見開かれた目から眼球が飛び出しそうになっている。
 ホームレス同然のなりでやってきて、食客三千人を囲う大富豪に、自分は泥棒などと口走っている。あきれた犯行予告ととるべきか、たんに図太いだけなのか。
「心配ご無用。こちらで窃盗をはたらくつもりはありませんので」
「ご、ご冗談がお好きでいらっしゃる」
「ここでは張り合いがないものですからナ」
「はは、は、は・・・」
 さすがの『孟嘗君』も、乾いた笑いしか出なくなっている。
 食客のひとりが鼻白んだ。かの孟嘗君を前に大言壮語も甚だしい、それでは誰から盗めば張り合いがでるのいうのだ。
「王ですナ」

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