「そういう決まりでな」
「ちょっとくらいサービスするから!」
決死の思いで足を見せたが、
「むむ―――いやいや、やっぱ駄目だ。首を刎ねられちゃ元も子もねえ。悪いな」
秦は法治の国だった。
その運用は、かつて法治国家への改革を断行して、秦台頭の立役者となった商鞅その人でさえ免れなかったほどに厳しい。そして関所の夜間通行を許した者は、例外なく斬首と決まっていたのだ。
「朝は?朝はまだ?」
時計がない時代、人々はそれにかわる手段でおおよその時刻を得ていたが、函谷関では、もっとも原始的な方法がとられていた。
『一番鶏が鳴いたら朝』
秦の伝令よりも速く着いたので、出国を差し止める命令は来ていないようだが、朝までに手配がまわることは必至だ。そのうち追手も来るだろう。
「みんなごめん。もはや、ここまで―――」
涙声でうつむく孟嘗君に、
「孟嘗君ともあろうお方が、諦めが早すぎやしませんかなナ」
馮驩が言った。
「でも秦の法は絶対だって。朝まで絶対に通れないって」
「そうとも限りますまい」
「?」
「秦の法にあるのは、一番鶏鳴かずんば開門すべからず、ではありませんか」
「そうみたい」
「どこに『朝にならずんば』とありましょうや」
「あっ」
「一番鶏が鳴けば朝。そう解釈して、そう信じこんでいるだけのこと。言ったでしょう、まずはありのままに観察すべし、って。次に分析。これは考えるまでもないでしょう」
「あとは―――」