小説

『お局ミチコと僧』ノリ・ケンゾウ(宮沢賢治『オツベルと象』)

「あらまあ」光沢のある赤に魅了されるミチコ。
 僧侶は相変わらず黒い着物に黄色い袈裟の装いで、プライベートまでこの格好をされたら堪らないな、とミチコは若干引いていたが、やはりフェラーリの真っ赤な輝きに心奪われ、僧侶の差し出した手に掴まり助手席に乗り込んだ。なにこれ、まるで玉の輿じゃない。すっかり浮かれるミチコ。
 ドライブ中、僧侶の趣味なのか車内にガンガンと流れるクラブミュージック。これにはミチコもさすがに辟易、するかと思えば頭を揺らす程ノリノリに。なにこれ、楽しいかも。ミチコは充実していた。
 二時間弱のドライブの末、海に到着すると、冬の海岸は冷たく、僧侶の着物の下から覗く足袋が寒そうであった。
「ねえ住職さん、足下、寒くないの?」
「いいえ、私はこれに慣れていますから」
「体が強いのね」
「ええ。三日に一遍、フィットネスジムにも通っています。脱いだら結構いい体してるんですよ」
「あらやだ住職さん」
といったような会話を、砂浜の上を歩きながら交わし艶かしい時間を共有する二人。ミチコは僧侶を、次第にうっとりした目で眺めるようになっていった。なんだか二十代の頃に戻ったみたい。ミチコにはそんなありきたりな感慨さえ浮かんでいた。じきに日も暮れ出し、海岸線の一望できる防波堤の上に並んで座るミチコと僧侶。いつの間からか、二人の手はしっかり繋がれていた。
 夕暮れが空をオレンジ色に染め、その壮麗で美しい色にミチコは自分がプロポーズされたときのことを思い出していた。そういえばあのときもこんな感じだった。私も彼も、すごく若かった。当時の私は、彼の年収など気にかけたこともなかったし、実際、私の方が稼いでいたことにも何の不満も感じていなかった。そう、彼には何にも不満がなかった。なのに私は、どうして彼のプロポーズを断ったのだろう。
「なんだか少し、嫌な事思い出しちゃったかも」
 ミチコがぽつりと言うと、
「人生に無駄な事なんて、なに一つないのですよ」
 と、説法のような事を言う僧侶。そしてその安い説法に少し気が楽になるミチコ、「うん」と言って僧侶の肩に寄り添う。

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