小説

『オリザに灯る火』清水その字(宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』)

 大きな瞳で私を振り返り、先輩は頷く。火山局を代表する技師だったペンネンナーム老はもう、この世の人ではない。私が記者になる頃にはもう亡くなっていたが、火山活動を察知する設備の開発、サンムトリ火山の噴火被害軽減など、その功績は枚挙に暇がないほどだ。グスコーブドリも彼の元で技術を学び、人工降雨を師匠と共に完成させたのだ。しかしその件に関してはブドリ一人の功績と勘違いしている人いる。あるいはペンネンナーム技師の協力があってこそだと知っていても、それは些細なことだと思い込んでいる人も多い。私も少し前までそうだった。
 編集長が言っていたのはそういうことだ。グスコーブドリは間違いなく多くの人々の命を救ったが、実際の彼がどのような人であったかは分かりにくくなっている。
「僕が思うに、彼は決して巷で言われるような、完全無欠の天才ではなかったのだと思う」
 先輩の評価は私の考えと同じだった。生前の彼を知っている人には何度か会ったが、勤勉で実直な人柄ということくらいしか聞いていない。実際に多くの功績を遺した技師だが、最期の功績があまりにも大きいため、死後にあれこれ脚色された部分が多いのだろう。
「私もそう思います。編集長が言ったように、本当のグスコーブドリのことが分かるような記事にしたいですね」
「それもだけど、僕はどちらかというと、読む人に問いかけるような……」
 前へ向き直りながら、先輩は言葉を濁した。隣へ並んで顔を覗くと、大きな瞳は真っ直ぐに行く先を見ていた。茶色のペンキで塗られた大きな建物で、その後ろには白い柱が青空を指して建っている。イーハトーブ火山局だ。



「クーボー大博士は急用で、サンムトリ市へ行ってしまってね」
 火山局の局長が、申し訳なさそうに我々を出迎えた。私は思わず先輩の顔を見たが、彼は相変わらず穏やかだった。
「そうでしたか。あの飛行船で行かれたのですか?」
「うん、最近二人乗りに改造してね、助手に操縦させているよ」
 さすがにもうお歳だからね、と局長は苦笑する。クーボー大博士はイーハトーブで最も偉大な学者で、かつてグスコーブドリの才能を見込んで火山局へ就職させた。今は亡きペンネンナーム技師と同じく、ブドリの師と言える人だ。本来ならあの大博士がこの場で、生前のブドリのことを語ってくれるはずだったのだが。
「お元気そうで何よりです。お戻りになったらよろしくお伝えください」
 先輩は特に困った風でもなく、笑顔で答えた。

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