小説

『オリザに灯る火』清水その字(宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』)

「片付けないのかな」
 倒されたトウモロコシを見て、先輩が呟いた。
「緑肥にするのでしょう。ああいう植物を一緒に耕せば、土が良くなります」
 説明すると先輩は感心した様子で、さすがによく知ってるねと褒めてくれた。この人を感心させたときはとても嬉しい気分になる。
 そんな私たちを出迎えたのは、歳をとった牧場の使用人だった。よく来なさったと笑顔で迎えてくれ、立派な屋敷の中へ案内してくれた。温かな応接間で、我々は今日の取材相手と対面できた。
「初めまして。私がネリです」
 今年で四十四歳になる彼女は、やや訛りのある言葉で挨拶した。女性としては体格が良く、肌は日に焼けて、いかにも百姓のおかみさんという姿だ。たくましさの中にも品のある女性で、なんとなく私の母を連想させる。彼女こそ、かのグスコーブドリの妹なのだ。
 私と先輩は挨拶の後、取材の目的を簡単に説明した。お兄さんの脚色された英雄像が広まっていることについて、新聞社としての責任を謝罪し、グスコーブドリ二十回忌の特集に関して話した。彼女はそれを静かに聞いた後、お兄さんのことを話してくれた。
「子供の頃、兄と私は毎日一緒に遊んでいました。遠くまで歩いて出かけては、父が木を切る音が聞こえるか、耳を済ましたものです」
 父はイーハトーブで一番の木こりでした、とネリさんは微笑んだ。
「あなたたちのお父さんはどんな方かしら?」
「私の父は甘藍を作っています。歳はとりましたが、たくましい人です」
「そう、ならうちと似たようなものね」
 ネリさんは楽しげに笑った。
「僕の父は北の海を旅していました。そこから持ち帰ったものが学校の授業で使われて、子供の頃は……鼻が高かったですね」
 先輩は懐かしそうに語ると、ネリさんへの質問を続けた。家を引き裂いた飢饉のことや、人攫いに連れさられ、この牧場の主人に拾われたときのこと。この家の長男と結婚し、兄を見つけたときのこと。辛い思い出も山ほどあるだろうに、彼女はしっかりと話してくれた。気丈な人ということもあるのだろうが、先輩の優しい口調が、もっと話したいという気にさせるのかもしれない。

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