小説

『千年に咲く花』丹一(落語『竹の水仙』『ねずみ』)

「噂に違わぬ名匠だ。まさしく左甚五郎の再来よ」
 象山が唸るように感心した。
 そして源五郎の作品は──
 雲蝶と同じく竹細工の茎だが、花はおろかつぼみさえも刻んでいなかった。
「げ、源五郎さん……」
 今度ばかりは娘も観念して肩を落とすと、
「娘さん、この竹細工を持ってごらん」
 と源五郎が彫刻した茎を手渡した。
 するとどうだろう! 娘がつまんだ茎が、頭をもたげて花開いた。咲いた花は透き通るように瑠璃色に輝き、まるで天界に咲く絢爛な仙花のようであった。
「それは優曇華(うどんげ)という伝説の花だよ。三千年に一度花が咲き、その時にとても良いことが起きると伝えられているんだ」
 源五郎が柔しく云うと、虹色に輝く優曇華の花から女性の姿が浮かんだ。
「お、お母つぁん……」
 娘が号泣した。それは病死した母親の夢幻であったからだ。
「参りました」と雲蝶が頭を下げた。「私の到底及ばぬ神業に感服しました。およそ名のある名人だと思いますが、失礼ながら源五郎とは偽名ではありませんか?」
「名乗るほどの者ではないが、オレはかつて左甚五郎と呼ばれた者さ」
 源五郎いや甚五郎が名乗ると、雲蝶ばかりか娘や象山までひれ伏した。
「あの伝説の名人でしたか!? それでは、その右腕はもしや……?」
「この右腕は義手でね。古代中国の大工の神、魯班というヤツが宿っているんだ」
 魯班とは中国春秋時代に実在した工聖で、死して大工の神となった。その魯班が宿った義手を持つがゆえに、甚五郎は神業を得ると同時に半神の不老不死となった。それゆえに、放浪の大工職人として日本全国を旅していたのである。
「娘さん、永遠の命なんて儚いものさ。それよりも、また母親と会える来世を夢見て、今生を精一杯に生きるんだよ」
 優曇華の花持つ娘に別れを告げて、甚五郎は再び街道を歩きだした。
 懸命に腕を振る健気な娘に、「達者でな」と右腕の声が聴こえたのかは定かではない。

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