小説

『千年に咲く花』丹一(落語『竹の水仙』『ねずみ』)

「身から出たサビとはいえ、なんとも不憫だな」
「お母つぁんが死にさえしなければ……永遠の命があれば良かったのに」
「永遠の命なんて莫迦らしいぞ」
「そんなことないよ。永遠の命は誰もが夢見るものじゃないか!」
 身も世も無く娘が泣くと、源五郎は困った表情で頭を掻いた。
「……それよりもお客さん、そろそろ酒代と宿代を頂きたいのですが」
 泣きやんだ娘が両手を差しだすと、
「儂は銭が無い」「オレも銭無しだ」
 と二人して頭を垂れた。
「やっぱり風来坊を泊めたのが間違いだったよ。それで勘定をどうするんだい?」
「では儂が、筆を揮(ふる)って進ぜよう」
 と武家の男が慣れた手つきで看板に揮毫(きごう)した。揮毫の「修理」という署名を見た娘が驚いてひれ伏した。
「お武家様はもしや、佐久間象山先生でございますか?」
「如何にも、儂が佐久間修理である」
驚いたことに武家の男は、此度に軍議役となった幕府の重臣だった。「天下を修理したい」と大願をたて修理と名づけ、象山は号である。象山の揮毫を売れば大金になるであろう。
「それで風来坊の源五郎さんは?」
 娘が冷めた眼で云うと象山が、
「それではこんな算段はどうだ? 向かいに泊まっているのが有名な彫刻師の石川雲蝶で、それが評判で虎屋が繁盛しているらしい。ならば、この源五郎殿と雲蝶が互いの大工の腕を競う彫刻勝負をすれば、評判になって客が押し寄せるぞ」
「こんな貧乏たらしい風体の大工が、越後の左甚五郎と謳われる名匠に敵うわけないよ」
 と娘が唇を尖らせて物言いをつけた。
 左甚五郎とは二百六十年前、寛永期の伝説的な名工である。腕の良さを他の大工に妬まれ右腕を斬り落とされたので、左と名乗ったという逸話がある。
「まあ、任せなさい。儂は人相見もするが、この源五郎殿は余人にない相だからな」
「溜まったツケは払わないとな。その彫刻勝負、オレは構わないよ」
 源五郎が飄々と云った。かくして、彫刻勝負と相成った。

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