小説

『トウダイモトクラシー』シトフキワイ(『鶴の恩返し』)

 すでにボクの病状はご存知だと思うので割愛します。これはもう仕方のないことなので、どうか悲しまないで読んでいただければ幸いです。
 自分の死期を悟ったとき、人生を思い返してみました。すると、どうしても、白鶴荘で生活していた4年間を思い出すのです。
 田辺や小百合やみんながいて、大家さん夫婦がいて、とても素晴らしい4年間でした。
 あの日々がなければ、ボクは小百合の死のショックから立ち直れなかったと思います。小百合に何をしてやれたんだろうと振り返ったとき、ほとんどが後悔ばかりでしたが、白鶴荘にいた時間は、小百合も心の底から楽しかったのだと確信を持って言えます。自分もその一端を担えていたのだと自負することで、なんとか乗り切ることができました。

 そして実は、次郎さんに言っていない、感謝してもしきれないことがあります。
 次郎さんと初めて会った、あの夜のことです。

 ボクは、コンビニで買ったあのタオルで、自分の人生を終わらせようとしていました。
 普段は量販店の安売りでしか買わないタオルを、コンビニに買いに行った帰りでした。
 なんとかギリギリで大学に入ることができたものの進級試験で思うような結果が出ず、「簡単だったよな」と笑い合うクラスメイトたちを横目に自分だけ留年してしまったらと底知れない恐怖を感じていました。結果、なんとかストレートで卒業もできましたし、今思えば大学時代に一年や二年留年しようが大したことないのですが、当時の、二〇歳のボクにとってはそこまで思いつめてしまう状況でした。
 でもあの日、次郎さんに強引に誘っていただいて、ガランとした部屋で二人で缶ビールを飲みながら、下宿にいたメンバーのことを色々と話しましたね。話しているうちに気づいたんです。ボクには帰る場所があって、迎えてくれるみんながいる。
 ふんふん、へー、と楽しそうに聞いてくれる次郎さんの顔を見ていると、そう思えたのです。
 そして次郎さんは、大家を継ぐのが不安で緊張している、と正直に打ち明けてくれました。なんと言いますか、一〇歳も年上の人でも、緊張したり不安になったりするんだなぁ、と、みんな何かしらの不安や緊張を抱えているのだと、自分だけじゃないと、少し考えれば当然のことなんですが、改めて思い出せました。あのあと部屋に帰って改めて新品のタオルを見たとき、考えていたことがバカらしくなり、そのタオルで本当に風呂に入って寝ました(笑)。

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