小説

『かみかくし』薮竹小径(『草迷宮』)

「あなたについて行けば祖母に会えるのですか」
「ええ、ほらもう山だ。見覚えがあるでしょう」
 月が消えた真っ暗闇の中、大きくそびえたつのは御田山であった。
「月は山に隠れましたね」男が言った。「名月も見えないと意味がない」
 ふたりで山に入った。山の中はしんしんと涼しく、虫の音も聞こえない。秋なのになぜが山は色を失ったようであった。
「あなたはどこまでついてくるのですか」
「迷子にならないように、最後までついて行きますよ」
「ここは小さい頃から歩いてきた山で迷子に何てなりそうもないので良いですよ」
「そういう訳にも行きません。あなたはこの山を幼い頃遊んだ山だと自信を持って言えますか。幼い頃の山はもっと活気があったのではないですか」
 男は立ち止まって続けた。
「この山はあなたが祖母を見失った時のままです。現実の御田山はそんなことお構いなしに生きていますが、ここはそうではありません」
 不意に怖くなった。ここは現実ではないとすると、何処なのだろうか、もう戻れないのかもしれないと思うと、足が震えた。
「戻りたいのならば、戻りなさい」男はそこまで言ってにやりと笑って言葉を切って、再び続けた。「しかしそうすればもう、祖母に会うことはないでしょう。最愛の祖母に」
 ふたりで言葉はなくだいぶ歩いた。確かに言われてみれば、御田山とは随分違うように見える。いや確かに御田山なのだが、どこか根本的な部分で大きく違うように思われる。
 懐かしい鳥居が見えてきた。あそこをくぐったが最後、祖母とは会えなくなった。あの鳥居を再びくぐることで、祖母と会うことができるのか。そう思うと早くくぐりたくてたまらない。
「さあ、行きましょう祖母のもとへ。決して息をしてはいけませんよ」
 くぐろうとしたその瞬間、何処からか懐かしい歌声が聞こえてきた。

通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ

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