小説

『かみかくし』薮竹小径(『草迷宮』)

 大の図鑑好きで一緒に読んでもらった。祖母の家には沢山の図鑑があった。それを縁側に持って行くと、力持ちで偉いねえと褒めてくれた。本当に沢山の図鑑があった。その中でも気に入ったのが、『食べれる草木』という図鑑で、散歩に出掛ける際はそれを手に持って、反対の手で祖母の手を握って歩いた。時々止まっては道端の草と図鑑の草を見比べた。たまにある食べれる草木を袋に入れて持って帰り、お昼ご飯に出してもらった。道端に生える雑草が美味しいものに変わる過程は魔法のようであり、祖母は魔法使いに見えたものである。
 幼いころ過ごした町には古くからの伝統が根強く残っていた。中秋の名月の時に数え年七歳の男女が御田山の真ん中にある御田神社にお参りにいくという風習があった。
 その年の中秋の名月は火曜日のことで、両親は会社の都合で行くことができなかったため、祖母に手をひかれていった。祖母は父さんたちも忙しいから堪忍してあげてくれと言ったが、祖母といける方がよっぽど嬉しかった。御田山までは家のすぐ裏側にあるが、祖母が登ることは難しく、何度も何度も休んで登った。そのたびに祖母は申し訳なさそうに謝った。しかし祖母と話しているほど幸福な時間は他になく、それが伝わったのか祖母もふくふくと楽しそうであった。多くの人に抜かれたけれど気にならなかった。腰を降ろしていつまでも話をしていた。いつの間にか太陽が隠れて満月が顔を出していた。それから少し急いで登った。この日の御田山は提灯が吊られて、道が見えないということはないが、暗い山道はやっぱり怖い。後ろにはもう誰もいない。しかし祖母の手を繋いでいれば怖いものなど何もなかった。大きな鳥居が見えてきた。あの鳥居も昔は真っ赤だったと祖母が言った。私も七つの時はここに来たんだよと。その時の事をいくら想像しようとしても無理であった。祖母は祖母でずっと前から皺くちゃな顔で笑っている。
「鳥居をくぐる時は息を止めるんだよ」
「どうして」
「隙を見せたら連れて行かれちゃうんだよ」
「誰に」
「神様に」
「神様は味方じゃないの」
「不思議だねえ」
 息を止めてぎゅっと祖母の手を握った。祖母は優しく握り返してくれた。そうして鳥居をくぐろうとした時、何か小さな石に躓いて、祖母の手を放してしまった。祖母が驚いて息をのむ音が聞こえたように思われた。つんのめり、しかし片足で体重を支えて転ぶことなく鳥居を越えることができたが、祖母がいなくなった。辺りを見渡しても見つからない。手にはまだ祖母の手の感触が残っていた。先ほどまでは信頼していた提灯の明かりがぼやぼやと頼りない。祖母がいたところには、お参りで使うはずであったお札が落ちているだけであった。じわっと瞼が浮くように感じられた。そして止まることのない涙があふれ出した。何事かと驚いた神主が出て来て、気がついたら家にいた。

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