「友人から誘われたんですけれど、友人は遅れてくる様で……席良いですか」
「どうぞ」
「あなたはどう云った経緯で」
「たまたまですよ」
男は青白く痩せた体つきで、いかにも怪談話が似合っていた。せっかく話しかけたのにつれなかったからか、むすっと目の前に座っている。誰かと話したくてたまらないようであった。
「今日は中秋の名月で、なるほど月が美しい。私の地元には月見泥棒という風習がありまして、ススキを掲げた家の前でお月見ちょうだいな、と叫ぶのです。するとお菓子をくれる。幼い頃はいっぱいになった袋を両手に掲げて歩いたものでした。その頃は月なんて見たこともありませんでしたよ。花より団子ですね」
ふいに空気が揺れた気がした。どうやら場所を移すらしい。これでやっと静かに珈琲でも飲めると思った。扉から一人、一人と出て行った。外から秋のりんとした涼しい風が吹き込んできて、喫茶店の薄くなった空気をかき混ぜた。
「行きますか」男が立ち上がってこちらを見下ろしている。「ほら早くしないと、行く場所とか聞いていないのですから」
立ち上がって男について喫茶店を出ようとした。どうしてついて行かなくてはならないのだろうか必死に考えたが、答えは出なかった。扉を抜ける瞬間後ろを見ると、店主と目が合った。その顔はぬめりとしていて、嫌な気持ちになった。
小池苑は商店街の入り口の近くにあるので、ぞろぞろと商店街を練り歩く格好になった。あらかた店は閉まっていたので騒ぎにはならなかったが、数少ない、開いている店の人達は何か異様なものを見たかのようにぎょっとしていた。ときおり、何をしているんですかと聞く者もあらわれた。そうしてほんの数人だが、面白そうだと最後尾に続いた。まるで百鬼夜行である。
先頭にいるものがもしかすると唯一行き先を知っているのではないか。すると非常に気になって仕方がなくなってきた。そこで先頭まで行こうと歩く速度を上げようとしたが、道が狭くて抜くことができない。
「どうしたんですか」例の怪談男が聞いた。
「いえ。もしかすると先頭の男が行き先を知っているのではないかと思いましてね」
「はあ。しかしそれは駄目ですよ」
「どうしてですか」
「百物語のルールに反している」
話にならないので無視した。そんなルール知らない。そう思って変わらずに前に進もうとすると、怪談男に腕を掴まれた。