小説

『光の果てに』あいこさん(『竹取物語』)

 老婆は「ははっ」と笑いながらつづけた。
「そして、仕事を通して知り合った市役所に勤める男性と結婚したのさ。わしはすぐに仕事を辞めて家庭に入った。子どもは三人。ごく普通の家庭を築いたのさ。夫は物静かで、口数の少ないおとなしい人だったけど、よく働く人だった。子どもたちも大きくなり、結婚し、わしにも孫ができた。そのうち、夫は癌で亡くなったけど、わしはひ孫も抱くことができた。もう満足だったよ。子どもたちや孫たちも、きちんと自分の家庭を持って、それを見て、もう、わしはほんとに満足だった。みんないい子たちでね。もういつ死んでもいいと思っていたよ。この世に思い残すことはなかった」
 老婆は優しく微笑んだ。
「そう思っていながらも、わしは生きながらえてね。気が付くと世界一の長寿になっていたよ。…しかしだ」
 そういった老婆の顔は、みるみるうちにシワがさらに色を濃くし、目は悲しみをおびてきた。
「子どもが死に、孫が死に…。わしは、もう、耐えきれんかった」
 しばらく老婆は沈黙し、周りの者も黙ったままだった。

「世界のことだが…」
 老婆は再び話し始めた。
「昔から人間はコツコツといろんな努力をしていてね。自分たちが想像したことはすべて形にしてきたんじゃ。それはすごいことだった。わしが若いとき、すでに便利な生活をしていたんじゃが、それでも、もっともっと、人間の興味や欲、向上心は終わることを知らなかった。携帯電話、インターネット、人工知能、ロボット。いろいろな機器があった。もちろん月や宇宙、火星にも行っていたし、いろんな細胞を作ったりと、わしにはようわからんかったが、少しずつ、そして確実に、人間は、自分たちの作りたいものを作り上げていったんじゃ。当然、何か新しいものを作れば、それなりに倫理的問題が生まれることもあった。欲望や好奇心は一度持ってしまうと捨てることは簡単ではない。どこまで許せるかということは難しい問題だったんじゃ。科学やテクノロジーが発達していく中で、人々の社会的・経済的格差もますますひどくなっていった。わしが生まれる前から、すでに世界でも日本の中でも、いたるところで大小さまざまな格差は生じていたが、世界の人々がこんなふうになっていくとは、想像もできなかった。もっとも日本もじゃ。人間には欲があると言ったじゃろ。世界の大富豪たちも、底なしの欲を持っていた。経済力や社会的地位、権力をもった者たちが、まるで遊びをするかのように、世界をコントロールしていった。戦争は増え、貧困や虐殺もますます増えていった。一部では様々な兵器を使用し、一部では便利な暮らしを追及していった結果―、地球は壊れ始めた。いろいろな災害がおき、もう地球はダメだった」
 老婆の目には、故郷を失った悲しみと、静かな怒りがあった。

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