小説

『光の果てに』あいこさん(『竹取物語』)

 見てはいけないと思いながらも、当時付き合っていた亮に疑いを持ち始めた茜は勝手に携帯電話を見てしまった。
「アイツは人に合わせすぎで、自分を持ってない。俺は優柔不断よりもっと芯の通った強い人が好き」
 ミカという女に送られたメールには、このようなことが書かれていた。アイツとは茜のことである。茜はひどく傷ついた。二股をかけられていることよりも、自分を否定されたことに深く傷ついた。同時に、亮に合わせて費やしてきた時間がバカみたいだと思った。そして、真逆の自分になって見返してやると思った。茜のほうから別れを切り出し、理由は「将来のために勉強に集中したい」とか適当に強い目標を持っているかのようなことを言った。メールのことを問いただすことはしなかった。こんな男にきちんと向き合って話をする必要はないと思ったことと、大人の女への第一歩だと、相手にしない、動じないのだと自分に言い聞かせた。亮はひどく焦り、何度も理由を尋ね、しまいには泣いていた。亮の涙に茜は少し驚き、もしかしたら、ただ、ミカという女と寝るためだけのちょっとした言葉だったのかもしれないとも思ったが、ここでひるんではいけないと気持ちをしっかり保った。
 それからの茜は、友人からの様々な誘いにものらなくなった。付き合う友達も少しずつ変わっていった。これでいいのだと思っていた。私は私の道を行くのだと思った。

 今になってみると、亮と付き合っていた頃のほうがよかったのかもしれないと茜は思った。あの頃は、小さなことであったが常に新しいことに挑戦した。靴屋のアルバイトを始めたのもあの頃だった。フットワークが軽く、なんでもそつなくこなすことができた。もしかしたら、変わろうと思った自分は、社交性がなくなり、頑固で、ただの暗い、つまらない人間になってしまったのかもしれない。
 ギョロリと窓の外に目をやると、薄暗い空に雲が浮かんでいることがわかった。田舎では、二階の窓から外をみても、大きなビルや建物に邪魔されることなく空が見える。
 茜はぼんやりと空を見ていた。
 新入社員となり、日々忙しそうにしている同級生たち。亮も商社に入ったと聞いた。それに比べて、田舎に逃げてきた自分。―情けない。母に言われた言葉は今もズキリと茜の心に突き刺さっていた。自分でも自分が情けない。外に出て行く勇気もないのだ。
 みんな、社会の中で自分の居場所を持っている。たとえ、その場所で辛い嫌なことがあったとしても、きちんとした肩書を持っているのだ。自分にはそれがない。それを持とうとする勇気も。茜は自分が世界で一番どうしようもない人間だと思った。社会人となって歩んでいるみんなの姿が頭に浮かび、茜は深く大きなため息をついた。

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