小説

『綱』大前粟生(『蜘蛛の糸』芥川龍之介)

468
 さっきから綱が切れていっている。だれかが切ってるっていうことだ。男にそんな非道なまねをするのは、女だ。別室でモニタリングしてるんだろうな。それで、イケメンを残してぶさいくを殺したり、ビンゴゲームであたった番号の男が登る綱を切ったりしてるんだろうな。
083
 口を洗いたい。自分がこんなに、生の血に耐性がないなんて思っていなかった。映画とかでは全然大丈夫だし、小説を書くために死体の画像を見ても全然無表情でいられたのに、サイコパス診断なんかをネットでやってあー、おれサイコパスかー、ってそんなに悪い気はしなかったのに、もう、吐くものが残っていない。朝ごはんはランチパックだけだし、昼はまだだ。昼は、まだなんだよな。テストがはじまってからとても長い時間が経ったように思う。
444+521
「だれかー! いますかー!」
「いますー!」
「どこですかー!」
「ここですー!」
「きついですねー!」
「はぁ!? なんて! いったんですかー!?」
「きついですねー! 綱、登るのー!」
「そうですねー!」
「でも、将来のためですもんねー!」
「でも、ねぇ! 私! 登りはじめてから思ったんですけどー! 子どもがいたらいいって思う、その気持ち、って! なんか! 私の場合ね! ペットが欲しいと同じレベルなんですよねー! いたら、かわいいし、世話に、やりがいを感じれるのかなぁって! じゃあ、こんなテスト受けてないで、自分たちで作れよって感じですよね! そうなんですよね! 私! ここから生きて帰れたら! 彼女に相談してみようと思いますー! 先月から付き合いはじめたんですけど、33も年下なんです! それだけ歳が離れてるもんだから! ははは! 恥ずかしいのかな! 私のこと! パパって! 呼ぶんです! 今は、とりあえず、綱を登らなきゃねー」
「あぁー! 僕も、そんなこと思ってましたー! ペット感覚だなって! でもー、実際のところー! どうなんですかねー! 僕たち! 子宮! ないから! よくわかんないですよね!」
「そう、ですねー! でも、そのうち、私たちも出産! できるようになるでしょ!」
「したいですかー! 出産!」
「したくないです! 痛いから! 痛いの! 嫌なんで! おたくは、どうですかー?」
「あ、えっと! あ! 無理! 無理無理無理無理もう! 僕、落ちます! 落ちま――」
「あ」

1 2 3 4 5 6 7 8 9