暗闇に蹲る猫のように瞳孔は膨らみ、見えないひげと耳をピンと立てて、注意深くこちらを伺っている。
いや、警戒しているのか。
寒原は軽く頭を振って、クバリブレを飲み干した。
「僕はもう行くよ。君は?」
「わたしはもう少し飲んでいこうかな」
「わかった、じゃあこれで」
寒原が無造作に置こうとした紙幣を、舞衣はそっと押しとどめた。少し冷たくて、柔らかい手だ。
「今日はいいよ。どうせ大して飲んでないんだし」
「そうかい?じゃあ、お言葉に甘えて」
寒原は少し迷ってから、言葉を継いだ。
「なあ、舞衣。君は、そいつを見つけたら、どうするんだ」
舞衣はわずかに目を細め、寒原の顔を探るように見上げる。腹の底まで見通しているかのような視線に、寒原はそっと息を呑む。
少し黙り込んでから、舞衣はうっすら微笑んだ。
「会わせてあげたいな、あの子に」
その口調は穏やかだったが、すう、と空気が冷たくなったように感じた。
「それは……施設にいる妹さんに、かい?」
「――そうね。妹にね」
微笑みを口元に残して、舞衣は無邪気な仕草で首を傾げてみせた。
「それがどうかした?」
「いや、何でもない。また連絡するよ」
寒原は、足早に席を後にした。
寒原の背中を見送って、舞衣はお冷を氷ごと口に流し込み、スマートフォンに視線を落とした。
寒原は何か勘づいているようだが、放っておこうと舞衣は考えた。そのうち正解に辿り着くかもしれないが、例えそうなったとしても、寒原はきっと余計なことはしない。
ロックの掛かったメールボックスを開き、あの写真が添付されていたメールを表示する。
『おねえちゃん、これがあたしの好きなひと、おおた先生だよ[ハート]はずかしがって写真に写ってくれないので、隠し撮りしちゃった(^ω^)-☆』
ガリ、と氷を噛み砕く。