小説

『舞姫は斯く踊りき』木江恭(『舞姫』森鴎外、『サロメ』オスカー・ワイルド)

 飲み口に散りばめられた塩を薄い舌で舐め取って、小首を傾げる。
「ん?ああ、うん。この間、誕生日だから会いに行ったんだけど、プレゼントは要らないって言われちゃった」
「おや、反抗期かな」
「周りに気を使ってるのかな。家族が会いに来る子は珍しいから、目立ちたくないのかも」
「大人びた子だな。まだ十歳くらいだろう」
「こないだ十一になったよ」
 舞衣とは十七も歳の離れた妹は、両親が離婚すると同時に児童養護施設に入れられたらしい。その所在を突き止めたのは寒原だ。
 寒原は探偵事務所を営む傍ら、警察が表立って介入しづらい案件の下請けを引き受けている。いわゆる副業だ。刑事である舞衣とはそっちで知り合い、そして表稼業の方で依頼を受けた。
 生まれてすぐに離れ離れになった妹を探して欲しい、という依頼は、思いのほかすんなり達成した。そして数ヵ月後、寒原は二つ目の依頼を受けた。
 妹の、本当の父親を探し出して欲しいと。
 寒原はグラスを置いて、一枚の写真を差し出した。
 ここからが、今日の本題なのだ。
「……誰」
 舞衣がいぶかしげに眉を寄せる。
 写真に写っているのは、舞衣が探しているよりも十歳は年上の男だ。左の目尻に痣のような痕がある。
「ふと思い立って、アプローチを変えてみたんだがね。そいつは相沢と言って、森製薬の顧問弁護士だ。元はしがない町弁だったのが、会長に重用されて今の地位に上り詰めた」
「へえ」
「ところでこの会社、森製薬って名前の癖に、会長始め創業者一族の苗字は太田なんだ」
 舞衣が目を見開いた。
「オオタ……?」
「相沢が森製薬と懇ろになったのは約十年前からだ。君の妹さんが施設に預けられた時期と合致する。そして施設の職員曰く、君の妹さんを預けに来たのは、顔の左側に痣のある男だったそうだ」
 舞衣は写真を手に取った。
 眇めた目が、薄暗い照明を受けて炯炯と光っている。
「ボスの一族の不祥事をうまく処理して、ご褒美に今の地位を手に入れた?」

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