小説

『舞姫は斯く踊りき』木江恭(『舞姫』森鴎外、『サロメ』オスカー・ワイルド)

「まだ推測だがな。それにボスの一族はお盛んな家系で、親戚も多くてね。候補者を絞り切れていない――が、とにかく君に早く伝えようと思って」
「さすが寒原さん。良い勘してる」
 写真を置いて、舞衣は鞄からスマートフォンを取り出した。
「電話か?」
「ううん、寒原さんに情報提供」
 舞衣の指がしなやかに踊ったかと思うと、寒原の胸ポケットが震えた。
「メール送った。添付の写真見てくれる?」
「ああ」
 舞衣ほどスムーズではないが、寒原も急いで指を走らせる。
「……この男は」
「今まで黙っててごめんね。でも先入観持ってほしくなかったから」
 表示された画像は粗悪なものだった。撮影場所が薄暗い上に画素が荒く、おまけに少しピンボケしている。しかしそれでも、何が写っているかははっきり確認できた。
 目を閉じて、軽く斜めに顔を向けている男。
「これが、君の探している男か?」
「そ。もう十年も前の写真だし、顔が変わっていない保証もない。でもそこまで絞り込んでくれたなら、何かの参考になるかもしれないと思って」
「そうか。助かるよ」
 それ以上詳しいことを尋ねるべきか迷って、結局寒原は口を噤んだ。
 画面に写った上半身は、剥き出しの裸だ。隅にはごちゃごちゃした飾りのベッドサイドランプが写りこみ、黄色っぽい背景は皺になったシーツだろう。男はけばけばしい柄の枕に頭を預け、寛いで熟睡しているように見える。
 明らかに、事後の一時を切り取った写真。
 どうして舞衣は、妹の父親のこんな写真を手に入れられたのか。
 舞衣は、妹の母親について一言も口にしない。寒原も敢えて尋ねはしなかったが、依頼を受けてからずっと考えていたことがあった。
 妹が生まれたとき、舞衣は十七歳だった。
 そして――妹の父親には、少女愛嗜好がある。
 ふと我に返ると、舞衣がじっと寒原を見つめていた。

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