小説

『舞姫は斯く踊りき』木江恭(『舞姫』森鴎外、『サロメ』オスカー・ワイルド)

 レトロな装飾で統一された店内で、寒原(さむはら)は人を待っている。
 ランプを模した照明は薄暗く、手元に不自由は無いが他の席の様子を伺うことは出来ない。本物のレコードから流れるクラシックが、離れた席の会話を絶妙にかき消していく。
 スマートフォンを操作していると、ふと目の前に影が差した。
「待たせちゃったかな、ごめん」
「いや、僕が早めに着いただけだから」
 視線を上げて、寒原は一瞬言葉を失った。
「口、開いてるよ」
 上質なソファに腰を下ろして、舞衣が笑う。チェックのミニスカートの裾がふわりと広がった。
「これはまた、随分と可愛らしい格好だ。よく似合っているよ」
「どーも」
 少し大きめのグレーのパーカーを羽織った姿は、どうみても十代のいたいけな少女だ。もうすぐ三十路を迎えるとは到底信じられない。
「その恰好でよくこの店に入れたね。年齢確認されただろう」
「まあね。ちゃんとID見せたから大丈夫」
「もしかして、手帳?」
「まさか。免許証」
 上品な仕草で近づいてくるウェイターに、舞衣はソルティードッグを頼んだ。次いで寒原がクバリブレを頼むと、舞衣はくすっと笑う。
「イイ年して子供舌なんだから」
「今の君に言われると微妙な気分だ。それで、今日の面接結果はどうだった?」
「ハズレ」
 拗ねた子どものようにつんとした言い方に、寒原は思わず苦笑した。
「やれやれ、またか」
「ほんと。あのロリコンの脚フェチ野郎、人のことじろじろ目で舐めまわしやがって」
「おやおや、ご立腹だね」
「寒原さん、しっかりしてよ。これで十人連続ハズレだよ」
 寒原は肩を竦める。
「言い訳させてもらうとね、有り触れた苗字と大体の年齢と性癖で男一人探し出せるほど、この国は狭くないんだよ」

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