小説

『銀河モノレールの海』梅屋啓(『銀河鉄道の夜』)

「おまえそんな優しかったっけ」
「おいおい、そらちっとひでえんでねえの?向こうに車停めてるっけ、行こうさ」
 瑞貴の後について歩きながら、俺は晴樹のことが気になって仕方なかった。
「そういや、晴樹も一緒だったんだけどさ」
 俺がそう口にした瞬間、瑞貴がぴたりと歩きを止めてこちらを振り返った。
「は?」
「だから晴樹。俺もびっくりしたけどさ、なんか、よく乗ってるんだって」
「いや、んなわけねえわ」
「そんなこと言われても、乗ってたし。晴樹」
 瑞貴は小さく溜息をついて、少しだけ間を置くと俺と目を合わせずに言った。
「亡くなったんだわ、晴樹。もう二年経つわ」

 俺は瑞貴の車で晴樹の家に向かった。銀河モノレールの駅から十五分ほど車を走らせ、銀杏並木の中を通る細い道を緩やかにカーブしながら上がっていく、晴樹の家は俺の記憶の中と変わらない姿でそこにあった。瑞貴は細い道の端に車を寄せてエンジンを切った。俺たちは車を降りて玄関までの砂利道を進むと呼び鈴を鳴らした。しばらくして家の奥から「はいはい」と声が聞こえ、晴樹のお母さんが玄関の扉をがらりと開けて現れた。
「お久しぶりです」
 俺が軽く頭を下げて挨拶するとおばさんは「まあまあ」と驚いた。
「星ちゃんけ?しばらくだわ。ささ、あがってくんない」
 語尾の「くんない」はこの島の方言で「ください」の意味だ。家にあがってください、と言っているわけだが知らない人が聞いたら「あがらないでください」とよく間違える。俺と瑞貴は「お邪魔します」と小さく頭を上げて家にあがった。おばさんの後について八畳の居間に通される。襖を挟んで六畳の和室が隣接している。変わっていなかった。おばさんが台所に引っ込むと、瑞貴は奥の和室に視線を送って俺に合図した。晴樹が、そこにいた。
 仏壇の前に小さな祭壇が組まれ、その上に白い箱と位牌、額縁の中で穏やかに笑う晴樹が、そこにいた。
 俺は祭壇の前に正座して写真の中の晴樹と対面した。ついさっきまで俺の目の前にあったのと変わらない笑顔の晴樹だった。おばさんがお盆にお茶を乗せて戻ってきた。俺はおばさんに向き直って頭を下げた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11