小説

『銀河モノレールの海』梅屋啓(『銀河鉄道の夜』)

「おい、晴樹!晴樹!」
 銀河モノレールがゆっくりと滑り出していく。晴樹はただ一人ホームに佇んで、それを見送った。車体が徐々にスピードを上げて天の川展望台は遠く、小さくなっていった。俺はそれを乗車扉のガラスに張り付いたまま見送った。ホームと晴樹がどんどん小さくなっていく。
 俺たちが立っていた場所が視界から消えて行くより早く、天の川展望台は晴樹をその場に残したまま、星の海に溶け込むようにすうっとゆっくりはじけるように、消えて行ったように見えた。
 それから間もなくして、列車のヘッドライトは銀杏島をその視界に捉え始めた。黄金色に輝く銀杏の樹々が色鮮やかにライトアップされ、秋の穏やかな風に揺られて枝葉をこすり合わせていた。ざわざわとした樹々の声と、虫の鳴き声が聞こえるような気がした。銀河モノレールがまたスピードをゆっくりと落としながら、黄金色のドームの中にその車体を滑り込ませていった。
 暗かった車内に照明が灯った。瞬間、乗客たちのざわめきが俺の耳に飛び込んできた。俺はびくりとなって辺りを見回した。
 俺一人しか乗っていなかったはずの車内は、帰省するのであろう学生や、銀杏を見に来た本土からの観光客で溢れかえっていた。皆、手荷物をまとめて降車の支度にとりかかっていた。
 俺は座席の上の棚からバッグをひったくるように下ろすと、乗客たちの間をかきわけるようにして列車を降りた。
 ホームを降りて、改札と逆方向に走りホームの先端へとたどり着いた。俺の視界に移るのは真っ暗な海の中へ吸い込まれるように消えて行く一本の細いレールだけだった。
 改札を出ると同級生の瑞貴(みずき)が「よ」と手を挙げて出迎えた。
「え?なんでいんの」
 瑞貴は日焼けした顔に似合わない眼鏡をくいっと直しながら「いやいや」と俺を指さして笑った。
「おまんがツイッタでけえってくるみてえなこと呟いてたっけ、迎えに来てやったんだわ」
 高校卒業後に家業である漁業を継いで修行中の瑞貴は、体に染みついた懐かしい方言でそう言いながら、その風貌には不釣り合いなスマートフォンを俺の顔に突き付けた。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11