小説

『銀河モノレールの海』梅屋啓(『銀河鉄道の夜』)

「かかる!養成所の月謝が月二万。しかもオーディション受けるのに美容院も月一回は行かなきゃいけないし、服だって毎回同じの着てくわけにいかないんだから。そもそも家賃とか食費だけでもギリギリなんだぜ。生活費維持するだけで精一杯。毎月自転車操業みたいなもんでさ。何のために都会に出たのかわかんなくなってきた」
 溜まっていた鬱憤をまとめて吐き出してしまった。養成所に通う仲間たちは皆実家暮らしで、食べるものにも寝る場所にも困ってはいない。都会の若者たちは俺が思っていたよりずっと裕福だ。家から歩いて行ける範囲で欲しいもののほとんどが手に入る。俺だけが苦しい思いをしている気がしてならなかった。晴樹は少しだけ眉をひそめて困った顔をした。
「タイムイズマネーなんてよく言ったもんだよね。今の日本はさ、お金をたくさん稼いだら使う時間がない。時間の自由を選択したらそこに使うお金が足りない。これ絶対この国の策略だよね」
「さすが将来のベストセラー作家。よくわかってらっしゃる。結局芸能人なんてさ、親が芸能人とか、芸能界とコネがあるような人間しかなれないんだよな。俺みたいな田舎者が見ていい夢じゃないってことさ」
「ええ。そうかな。僕は星也ならいけると思ってるけど。ルックスも悪くないと思うし。僕と違って体力もあるし、人見知りもしないし。星也って芸能人ぽくてかっこいいしね」
 晴樹のその言葉はお世辞ではないように感じた。気を遣って言葉を選ぶ性格ではあるが思ってもないことを言うやつじゃない。俺は素直に嬉しかった。
「そりゃどうも。でも芸能人とかやっぱり俺には無理かもな」
「え!諦めちゃうの?それ困る!」
 晴樹はシートから身を乗り出して顔を近づけてきた。俺は驚いて距離を取るようにシートの背もたれに自分の背中を貼り付けた。
「なんでお前が困るんだよ」
「だって、星也が俳優として成功するまでの道のりを本にするつもりだから」
「なんだよそれ」
「さっきも言ったけど、僕には経験が足りないんだよね。作家はさ、いろんな人の人生を切り取って描かなきゃいけないの。でもあの島に住んでる人たちってほとんどが農業か漁業でしょう。それを深く掘り下げてくのも面白いんだけどさ。星也みたいに外の世界に飛び出して頑張ってる人ってすごく興味あるなあ」

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