「いいなぁ、わたしなんてプリンだよ、プリン」
「まだもらってんの?」
裕子が急に笑い始める。
「『まだ』って、前に話したっけ?」
つられて詩織も笑う。
「離婚してすぐの頃だったっかな。お父さんから電話があってさ、詩織が元気になるもの何かないかって。ほら、風邪ひいたりしたとき、お母さんがよくプリンくれたでしょ」
忘れていた。そう言われれば確かに熱を出したとき、プリンを食べていた気がする。岳志が裕子にそんな電話をしていたことも知らなった。てっきり岳志と裕子は疎遠になっているものだと思っていた。
「今だから言うけど、詩織に手紙出したのだって、お父さんに頼まれたのがきっかけなんだから」
「嘘ぉ・・・」
「ああ見えて、裏では気を遣ってるみたいだよ。差出人書かずに、わたしにも時々贈りものくれるし。ま、お母さんにはバレてるみたいだけど」
注文が届いて、裕子が付箋の付いた用紙をテーブルの隅へ動かす。「パンケーキのかた」と聞かれ、裕子がすかさず手を挙げる。きょとんとする詩織の前に、優雅な巨峰パフェが置かれた。
「そっちのほうがいいんでしょ」
裕子がナイフとフォークを取る。
「好きなもの食べなよ。焦って決めると、いいことないんだから」
度の強そうなメガネを外して、裕子は「さぁ、食べよ」と長い髪を後ろで束ねた。
「お姉ちゃん、絶対メガネないほうがいいよ」
詩織が言う。
「マスカラだってしてさ。髪も、もうちょっとこう」
「いいの」
切り分けたパンケーキを口に運びながら裕子が答える。
「結婚する気なんてないし。今度こそ、お母さんが望むようにはならないんだから」
もらうよ、とパフェからブドウの欠片をひとつ掴み、裕子がニヤッと意地悪そうに笑った。