小説

『合格!』山本康仁(『ネズミの嫁入り』)

「へぇ、立派、立派」
「他人事だと思って」
 裕子がところどころに付箋をつけていく。トントンと整えると、裕子はようやくコーヒーを口にした。
「お母さんたち、なんで離婚したか話したっけ」
 詩織は首を振る。
「意見の対立は色々あったみたいなんだけど、決定的だったのはわたしの進学に関してなんだって。お母さんはわたしを塾に行かせたかった。塾行って、私立に入って。で、お父さんはそれに反対」
「やっぱり、お金なかったんじゃん」
「わたしは部活、続けたかったんだぁ。高校だって、みんなで同じとこ行こうって言ってたし。お父さんはそれでいいって。わざわざ県外になんか行かなくったって」
 裕子がデザートのページを詩織に差し出す。同時に呼び出しのボタンを押す。考える暇もなく、最初に目についたパンケーキを詩織は注文した。裕子は落ち着いて巨峰パフェを注文する。季節限定メニューだ。
「詩織が羨ましいなって思ったこともあったもん」
「なにが?」
 未練がましくメニューを眺めながら、詩織がくぐもった声を返す。
「インターハイには行けるし、バイトはできるし。塾のせいで、わたしは中三のときも高三のときも、部活、辞めなきゃいけなくなるし。大学に入っても『お小遣いあるでしょ』ってバイトは禁止、門限だってあるし」
「十二時だっけ?」
「大学生のときは十時だったんだから」
 わざわざメニューから顔を上げ、詩織が「うわぁ」と眉間にしわを寄せる。
「良かったとも思ってるけどね、お母さんのほうで。今のお父さん、相変わらずわたしには甘いし」
 そう言って裕子は腕時計を詩織に見せる。
「うそっ!」
 文字盤に刻まれたブランド名が詩織の前できらきら光る。

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