「昔からさ、文化祭の運営委員とか、みんなで企画したりするの好きじゃないか。今だって、大学のサークルでそういうの、やってんだろ?」
「そんなんじゃ、ちゃんとした収入になんないの」
「いいじゃないか、リッチにならなくても」
「貧乏はもう嫌なの! いまだに父親と一緒に実家暮らしなんて・・・。人の気持ちなんか何も知らないくせに」
言い過ぎたかなと思って、詩織はしばらく岳志の反応を待った。黒く染め直した髪を指でくるくる巻いてはほどく。人差し指にささくれを見つけ、詩織は前歯で噛んでみた。
「冷蔵庫にプリンあるぞ」
ははっと岳志がテレビと一緒に声を上げる。詩織はそっと冷蔵庫を開ける。
最初は詩織が学校に行きたくないと言ったときだった。小学五年生。岳志が離婚し、姉とも離れ離れになった最初の梅雨。学校を休み始めて三日目の朝だった。焦げた目玉焼きの横に置かれるプリン。テーブルに肘をつき、ぼぉっとしている岳志。詩織が部屋から出てくるまで待っていたのだろう。作業着姿の岳志は「無理すんなよ」とだけ言い出かけていく。
プリンは優しい味がした。気持ちがふっと軽くなって、次の日から詩織はまたいつものように学校に行くようになった。それからたまに「元気か?」と聞くように、岳志のプリンが置いてある。夏休み、テスト期間中、二月のとある雪の日。特別でも何でもない日に、プリンがある。食べるといつも、詩織は何かほっとした。
「ついでにビール、持ってきてくれ」
「サイテー」
相変わらずの岳志を確かめると、詩織は自分の部屋へ戻る。バッグをベッドに放り投げ、封筒から中身を取り出した。マカベ産業。先日面接を受けた会社からだ。
『まことに残念ではありますが・・・』
心臓のドキドキがズキズキに変わる。少しでも期待した自分を後悔する。