小説

『こんにちは、世界。』二月魚帆(『貉(むじな)』)

 ほら、不躾な彼女ですらこのぎこちない感じ。若干引いた感じになってるじゃん? 僕はもっとちゃんと論理的に恋を積み重ねて行かなければならないのかもしれない。そもそも論理的な恋ってなんだろう。理性なんて飛んでしまうから恋なんじゃないのか。僕はそこまで思うと三度目の嘆息をし、カウンターに置いたカシスオレンジのグラスへ猫背をより丸めてしまう。
「……そうです」
「でもさあ? その人も突然のことでびっくりしただけかもよ。場所も場所だし……コンビニでしょ?」
「そうかもしれないですけど……でも空気読まずにそんなことする人ってどっちみちもう嫌でしょう?女の人って」
 隣の女は暫し「んー」と唸った後、
「そんなことないと思うけど? 例えば照れとか恥ずかしさもあったりするんじゃない? 好きって言われたら、そんなに嫌な気しないでしょ」
「いや、でも僕……服だったら安ければいいとか、チェック柄だったらなんとかなるとか思ってるし。汗かくほうだし。趣味は漫画を読むことだけど、僕の読む漫画はみんな知らなかったりするし」
「そんなこと? まあそれくらい大丈夫でしょ」
 女は、妙にはっきりと断言とする。僕は「そんなこと?」と言われてカチンと来ている。自分のセンチメンタルな部分が至極雑に扱われている感覚がして無性に腹の底からイライラが湧き上がる。
「……なんなんですか……あんたになんでそんなことがわかるんですかっ」
 僕は、苛立った勢いで初めて隣の女の顔を正面からちゃんと見る。
 瞬間、顎が外れそうになった。
「あんたが告白したその人って、こんな顔じゃあなかった?」
 いつもはコンビニの制服だったから気が付かなかった。随分、不躾な口調だったから気づかなかった。まさにそのコンビニの彼女、その人だった。僕は開いた口が塞がらない。
「でしょ?」と彼女は自分の鼻先を指差し、ヘラっと笑う。確かにその笑顔は、コンビニで見た笑顔そのものだった。プライベートのためか、今の笑顔の方が柔和な印象だ。

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