小説

『尾を持つ娘』化野生姜(『赤い蝋燭と人魚』)

「ほうら、あなたのお母様が迎えにやってきましたよ。」

 その途端、すさまじい勢いの海水が障子戸を突き破って流れ込んできた。
 男はその場に立っていることができず、必死に近くの棚につかまりながら難を逃れようとした。棚のろうそくはばらばらと落ち、まだ色のついていないものが男の元へと流れ着く。
 それは、障子戸の向こう側、あの娘と呼ばれた生き物のほうから流れてきたものであった。そうして、男は棚につかまりながらも、その娘の姿をはっきりと見ることとなった。

 それは、人とは呼べないものであった。
 おぞましい無数のヒレ、クラゲにも似た半透明の肉体。それは奇妙な泡ぶくを吐くような声を上げながら、濁流の真ん中で蠢いていた。

 男は叫んだ。どこまでも叫んだ。

 だが、それも最後であった。
 次の瞬間、声に反応したのか、娘と呼ばれたその物体は肉体の下から長くしなる尾を出すと、目の前の男に向かって大きくふるった。

 その瞬間、男の首が飛んだ。
 そうして、かたわらにあったろうそくが、べちゃりと赤く染まった。

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 …あの津波の日から数年が経った。

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