小説

『尾を持つ娘』化野生姜(『赤い蝋燭と人魚』)

 未だにあの場所には人がより着かず、高台にあった神社は廃れていく一方だった。海に一番近いろうそく屋を始めとした地域は津波によって大きく削りとられ、それはまるで何者かがそこにある大地を根こそぎ奪い取った爪痕のようである。

 …海難よけとして売られていたろうそくは、津波の後に持っていると不思議と嵐に遭うと噂されるようになり、誰もが気味が悪くなり使わなくなった。それは、あのろうそく屋の娘が香具師に売られたためとも、欲にかられた老夫婦に恨みを持った人魚の母親が娘を嵐とともに奪いに行ったためだとも噂された。

 …しかし、本当のところは、誰にも分からない。
 誰もあのろうそく屋の娘の姿を知らなかったからだ。
 いやそれどころか、あの津波が起きた後、そこにいた村人は老夫婦をはじめ根こそぎ行方不明になってしまっている。
 あの時何があったのか…誰も知るものはいないのだ。

 …そうして結局残ったものは、その日を境に神社の境内に赤いろうそくがいつの間にか灯ること。その度に幾万もの叫び声にも似た荒れ狂う嵐がやって来るという…恐ろしい噂だけであった…。

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