小説

『尾を持つ娘』化野生姜(『赤い蝋燭と人魚』)

 いつの間にやら障子に映る影の中に、神社で見る祭具や、動物の頭のようなものが映り込んでいた。それを見て、男は直感した。
(違う…これは、孫との別れを惜しむ会話ではない…。もっと何か、得体の知れない…気味の悪いことが、この向こう側で行われている…。)
 男は、とっさにこの場所から逃げ出したい衝動に駆られ、腰を浮かそうとした。しかし、その思いとは裏腹に、足は全く動かない。
 そうして、老人の声が厳かに部屋に響く。
「あなたがこの家にきてから、あらゆるものが手に入りました。お金に物、人脈に信用…それを本日お返ししなければなりません。今日来た贄で、ちょうど最後なのです…。」
 そのとき、男はあたりの壁が青色に染まりつつあることに気がついた。
 恐る恐る、首を回す。

 そこには、ろうそくの明かりに照らされて幾重にも揺らめく海の生物の姿があった。浅瀬に生きる魚、磯に住む魚、海洋に住む魚。
 そうして、深き海に住む魚…。

 男は息をのんだ。
 ふいに、男の脳裏にあの二月前に出会った、顔も分からないような相手の言葉が浮かぶ。

『…人と魚の境ってのは、どこまでなんだろうな…。』

 ぴしゃりっ。
 魚の尾が、床を叩く音がした。
 ぴしゃぴしゃぴしゃぴしゃぴしゃ…。
 幾重にも、幾重にも、何十、何百という尾を叩きつける音が部屋に響く。

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