小説

『尾を持つ娘』化野生姜(『赤い蝋燭と人魚』)

 そうして、相手はくつくつと笑うとたき火を消した。
 どうやら話はついたようで、相手はここから去るようだった。
 辺りが闇に包まれる。

 そのとき、ふいに暗闇の中で相手がぽつりと言った。
「…人と魚の境ってのは、どこまでなんだろうな…。」
 そうして、砂を踏む音が遠ざかって行く。
 男は思わず煙草をふかすのをやめ、相手に聞きかえした。
「ちょっとまて…それはどういう…。」
 しかし、相手は答えるでも無く、そのまま闇へと消えて行く。
 そうして、相手の気配が完全になくなると、あとには夜空に輝くいくつかの赤い星だけが残されていた。

 …奇妙な音がする。
 男がそれに気づいたのは、煙草を吸ってから数分が経ったころであった。
 ごぽり、ごぽり、と何かが泡立つような奇妙な音が、連続して耳に入ってくる。しばらくして、それが会話だと気づいたのは、その音に対し老婆が相槌を打っていたからであった。
「そうです、何もあなたの世界はここだけではないのです。…分かっているでしょう。あなたがこうして描くものが、何の意味を持っているのか…。」
 ごぽり、ごぽ…。
「それは、あなたの記憶ですよ、還りたいという記憶なのです。」
 ごぼ、ごぼ…。
「私ら夫婦が欲しがっていたものを、海神さまは知っておった。知っておるからこそ、こうしてあなたを遣わしてくださったのです。…大量の贄と引き換えに儂らの願いを聞き届けてくださったのです。」
 ごぽ…。
 それを聞いていると、男はやにわにふつふつと自分の毛が逆立って行くのを感じた。それはあきらかに、異常な光景であった。

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